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第16回 横浜ベイスターズ 大田亜斗里選手2008年07月03日

インタビュー
今回の独占インタビューは、今年、高校生ドラフト三位で横浜ベイスターズに入団した、帝京高校出身の大田阿斗里選手です。高校時代のエピソードを中心に、沢山のお話を聞いてきました。
高校時代について
スタッフ(以下:ス) 早速なのですが、阿斗里さんは東京の数ある強豪の中から、何故、帝京高校に進学したのですか?
阿斗里(以下:阿) まぁ〜高校は、野球の強い学校に行きたいと思っていて、どこに進学しようか、迷っていました。当時は、自分の住んでいる所から、通える学校を探していました。それで、通える範囲で、全国制覇をしている高校が、帝京高校だけだったので、進学した形です。
ス 決め手としては、全国制覇をしていたと、いう事ですかね?
阿 はい。
ス 関東一高も近い高校ですよね?
阿 そうですね。関東一高も近かったんですけど、・・まぁ帝京高校が良いかなと・・
ス 受験は、スポーツ推薦か何かですか?
阿 そうですね。スポーツ推薦です。はい。
ス 帝京高校というと、他の高校と体つきが、全く違う印象があるのですが、日頃からどのようなトレーニングを行っていたのですか?
阿 そうですね。やっぱり他校よりかは、ウエイトトレーニングの量は、多いと思います。
ス 我々も試合を観によく球場に行くのですが、帝京高校の生徒達が、弁当箱ではなく、タッパーを弁当箱代わりにして食事をしているのを拝見します。やはり食べる量も凄いですよね。
阿 やっぱり良く「食べろ」とは、言われていましたね(笑)馬鹿みたいに食べていました。だから、今も少し蓄積されていますよ。(笑)←お腹を触りながら。

ス (笑)では入学した当時は、三年生の体を見た時は、驚いたのではないですか?
阿 そうですね。最初三年生を見た時は、びっくりしましたね。皆、体が大きかったので。
ス そういう中で、阿斗里選手は、1年からベンチ入りされていましたけど、入学した当時から、ここでやっていけるといった自信は、あったのですか?
阿 最初の頃は、なんて言うか、自分の実力を試すといった場が無いんですよ。自分の実力を試すというか、最初の段階では、練習の量と、ハードな質の練習に、圧倒されていました。実力(が通用するかどうか)というよりは、(練習の)きつさにやられていました。
ス なるほど。周りの事よりも、自分がこのきつさに耐えれるかといった事に、苦しんでいたのですね?
阿 そうですね。最初は、練習についていけるのかと、いったことに不安でしたね。
ス 具体的にお伺いしたいのですけど、学校の授業が終わってから、だいたい何時ぐらいから練習を行っていたのですか?
阿 だいたい学校の授業が14時30分くらいに終わって、だいたい練習は、45分から50分の間から始まります。で、整備や片付けの時間を含めて20時30分くらいに終わるんですけど、ウエイトは、グループ分けされていて、ウエイト組は19時か19時半に上がって、ウエイトを行っていましたよ。
ス それは、シーズン中も継続して行っていたのですかね?
阿 大会期間中は、そんなにガーって、やらなかったですけど、まぁ継続的には、やっていましたね。
ス 普段連係プレーのような練習は、していたのですか?
阿 そうですね。大会前とかになると、練習時間も少なくなって余裕が出来るので、遊び感覚で、やっていましたね。
ス 今から振り返ってみて、帝京高校が強い理由って何でしょうか?
阿 バットを振れない選手がいないっていうところですかね。他の甲子園に出てくる高校を観るんですが、下位打線になると、振れないチームが、意外に多いんですよね。でも、帝京は、そういった選手がいないので、切れ目がないというか、そういったところが強さの秘訣だったと思いますね。後は、やっぱりプレッシャーの中で、毎日やっていたことですかね。



