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第46回 【特別企画】 高校スポーツのあした(4)2010年05月26日
7.キャプテン
【国分先生】
「国分」 (判断に関して)私の場合には、コートの中に監督を一人作ろうと。
「佐藤」 うん。
「国分」 それは具体的にはどうすればいいんだって言ったら、いつもそばに置くと。何かくだらない話でも会話をしていると、「先生はこういう時こう思うんだな」とか、「こういう事件を見るとこう感じるんだな」とか。直接バレーボールの技術だけじゃなくて、「先生はこういう時こういう考え方をするんだ」、「こう思うんだ」って。そばにいて、「おまえどう思う?」とかって、バスで移動する時でも会話をするとかね。
「佐藤」 なるほどね。それもいいですね。
「国分」 どうしても試合中に伝えたい時はタイムを取って、話をするほかないんですけど。
「佐藤」 トスをあげるセッターが多いんですか?そういう場合は。
「国分」 できればセッターが一番、いいでしょうね。キャプテンはね。出来ればなんですけど。
「佐藤」 バスケットはガードっていうポジションがやっぱりね。野球は?キャッチャーですか?
「佐々木」 キャッチャーですが、私はセカンドっていう位置に一番野球を知っている子を置きたいと思っているんです。
「国分」 キャプテンの選び方っていうのは、佐々木先生の場合だとセカンドがいいんじゃないかと。
「佐々木」 そうですね。
「国分」 久夫先生の場合はガードだと。
「佐藤」 そうでもないんです。
「国分」 そうでもないんですか?
「佐藤」 私はキャプテンというのは一人で一年間やるもんじゃないなと。要するに、キャプテンというのは苦労するじゃないですか。それからまぁ、結構、みんな胸張って、自分にも自信があるので、出来るだけキャプテンをその学年の選手たち全員に経験させたいと。
「国分」 ほぉ。なるほど。
「佐藤」 ここからここまでの大会はあなたがキャプテンです、と。ここからここまでだったらあなたがキャプテン。でも、途中でキャプテンとしては全くなと強引にチェンジして、また戻したりしながら、全体的立場から見るということを必ず経験してもらう。
「国分」 先生の場合だと、1年間を区切るとキャプテンとしては3人くらい出ると?
「佐藤」 いや、いや。10人くらいもう。
「国分」 1年間で10人?
「佐藤」 どんどん出ます。また戻したりするから。
「国分」 初めて聞いたなぁ。
「佐藤」 そのくらい、みんな、その場になって、そうやってチームを引っ張っていくっていう経験がね。合う、合わないは別にして、経験させてやりたいなと思っているんです。
「国分」 やっぱり見る角度っていうのは、立場を変えると違いますよね。
「佐藤」 練習は監督と選手が勝負して、張り合って。でも、キャプテンというのはどちらかっちゅうと、監督の考えをいち早く読まなきゃいけない。そういうのを経験させえておけばね、どっかで役に立つのかなという気持ちでね、今。仙台高校の時はやっていませんけど。
「国分」 明成高校では。
「佐藤」 はい。できるだけ取り入れてね。
「国分」 実社会に出たときに違いますよね。競技が終わった時に、その経験っていうのはね。
「佐藤」 そうですね。そういう経験っていうのは。代え難いものだと思いますね。
「国分」 いやぁ、そこまで考えて。さすがやっぱ、日本一だね。
「佐藤」 事の始まりは、キャプテンを変えたいなぁと思って(笑い)
「国分」 最初のきっかけはね。
「佐藤」 変えたいなぁと思ったけど、最上級生、3年生がミーティングして、2年生に「僕たちは次、彼にキャプテンをさせたい」という風な形でいったわけですよ。ところが、その子どもを何とか変えたいと。1回これは、悔しい思いでもしていないといけないという発想からいったんですけど、これだったらみんなにさせちゃえと。大会ごととか、ことあるごとに切って、それで最後は、最初に任命したキャプテンを持って行くとかね。そして、勝負をかけるんだっていう気持ちを表したり。
「国分」 久夫先生は、そうすると、キャプテンを選ぶ時は先生が決めるんですか?
「佐藤」 最終的には私が決めます。でも、その過程は最上級生が推薦してくれるんです。
「国分」 なるほど。そうすると、一致する時としない時が当然、あるわけですね?
「佐藤」 ありますね。仙台高校の時には、一致しなかったですね。ただ、仙台高校の時は私、教員でしたから。教員として見る目、練習で見る目、いつも彼らは同じ目で見られている。でも、教員外から見られる時、例えば、食堂のおばちゃんから見られた時、それは私が判定するところとはちょっと違うところがあるんですよね。私、子どもを見るときは食堂のおばちゃんとか、事務の人とか、そういう教員以外の人からいろいろ教わってね。選手がどういう風な日常生活かって判断したりするんですけど。
「佐々木」 なるほど。素晴らしい。
「国分」 先生は今、明成高校の。
「佐藤」 教員ではありません。
「国分」 教員ではないんですか。
「佐藤」 仙台大学と明成高校で連携して競技力向上しましょうと。そのために大学からコーチとして明成高校に派遣をされているという状況。
「国分」 なるほど。そうすると、先生の正確なあれは。仙台大学の?
「佐藤」 准教授。
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- 国分秀男 氏
- 生年月日:昭和19年3月28日
- 出身地:福島県福島市生まれ
- 福島高-慶応義塾大
- 東北福祉大学特任教授(元古川商業高校女子バレーボール部監督)
- 昭和48年、京浜女子商業高(現白鵬女子高)から古川商業高(現古川学園高)に奉職。商業科で教鞭を執る傍ら、女子バレーボール部を指導。
春高バレー、インターハイ、国体で全国優勝通算10回(全国私学大会を含めると12回)。準優勝7回。第3位14回。平成11年には高校女子バレー史上5人目の「三冠王」監督となる。宮城県大会以上の優勝回数150回、全国大会出場77回を誇る。菅山かおる、板橋恵、大沼綾子選手など全日本に多数の選手を送り出している。
平成16年4月から東北福祉大特任教授に就任し、「健康デザイン論」、「ヒューマンデザイン論」などを講義。全国各地で講演活動も行っている。好きな言葉は「夢を見て 夢を追いかけ 夢を食う」。

- 佐藤久夫 氏
- 生年月日:昭和24年10月18日
- 出身地:宮城県仙台市生まれ
- 仙台高-日本体育大
- 仙台大学准教授・明成高校男子バスケットボール部ヘッドコーチ
- 大学卒業後、宮城県内の公立高で教員として女子バスケットボール10年間、男子バスケットボール4年間の指導を経て、昭和61年、母校・仙台高に赴任し男子バスケットボール部を強化。以来、チームを全国上位に導き、仙台高で14年目、指導者として29年目の平成11年に全国高等学校選抜優勝大会(ウインターカップ)で初の日本一。翌、平成12年には国体、ウインターカップでの2冠を達成。平成8年から平成14年まではU-18日本代表のヘッドコーチを務める。平成14年、仙台高を退職。日本バスケットボール協会強化本部でエンデバー制度の一貫指導システムを構築。
平成16年、仙台大准教授となり、平成17年に明成高男子バスケットボール部創部と同時にヘッドコーチに就任。創部5年目の平成21年、ウインターカップで明成高初の日本一に導く。実績がさることながら、その手腕は高校バスケ界NO.1と言われている。趣味は墨絵、囲碁、パソコン、カメラなど多彩。志村雄彦(bjリーグ・仙台89ERS)、宍戸治一(bjリーグ・埼玉ブロンコス)、佐藤濯(JBL・レラカムイ北海道)などを育てた。



